「異途への出発」宮沢賢治



月の惑みと
巨きな雪の盤とのなかに
あてなくひとり下り立てば
あしもとは軋り
寒冷でまっくろな空虚は
がらんと額に臨んでいる


…楽手たちは蒼ざめて死に
嬰児は水いろのもやにうまれた…

尖った青い燐光が
いちめんそこらの雪を縫って
せはしく浮いたり沈んだり
しんしんと風を集積する

…ああアカシアの黒い列…

みんなに義理をかいてまで
こんや旅だつこのみちも
じつはただしいものでなく
誰のためにもならないのだとわかっていて
それでどうにもならないのだ

…底びかりする水晶天の
一ひら白いひびのあと…


雪が一そうまたたいて
そこらを海よりさびしくする