詠む




平石君が演劇界で快挙をとげる前のこと

ひとり芝居を演じるから来てくださいと声をかけられ小さな公民館の一室にでかけた


旧知の面々と挨拶をかわす私のそばから当時の連れ合いが僕たち別れますからと公演スケジュールを押さえるがごとく全員にきちきちと報告した

なんでいま言うか
私は不本意な気がしたが同意の笑顔をふりまいていた


はじめます!
自分で号令をかけ平石君は何もない平面に現れると梯子のようなものに昇る仕草を始めたがすぐに
まちがえました!もう一回やりなおします!と急いで引っ込み 
また出てきて何かに登るようなことから始まり あとはわけのわからない独り言が続きナニかから落ちた仕草があり全体30分ほどたつと 
おわります!と頭を下げた

そこでこちらは終わったんだと安堵した


その芝居にみんながどんな反応をしたか忘れたがおざなりではない拍手がおこりケチをつけるものはいなかった


若い意欲をかったのかもしれない
高揚した平石君の肩を交互にたたき

さあ帰ろうという段になって

駐車場の奥に停めた大型トラックがぬかるみにはまって動かないと駆けもどってきた者がいた


この芝居に間に合わせるため旅公演の帰りに直通で馳せ参じた劇団のトラックだった



そこにいた劇団員十人ほどがいっせいに飛び出した


外は激しい雨で風が吹き荒れているなか必死でかけあう大きな声が雷のあいまに聞こえた
ガラスごしにゆらめく人影はずぶ濡れになりながら笑っていたように見えた




40年も前のこと





思い出すとゆらめくトラックはなぜか船になる


嵐のある日
乗り合わせた船の光景となり


つまらない想いを蹴散らしていく